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2007年08月10日

谷亮子でも金

柔道といったらやはり谷亮子はすごいと思います。
田村亮子でも金メダル、谷亮子でも金メダル、2連覇なんてそうは出来るものではありません。

しかも噂によると彼女はどんな宴会でも一滴もお酒をのまないそうです。やはり一流のアスリートは私生活からストイックなのですね。

私も見習う必要があります(笑)

今日はそんな彼女について説明します。

谷亮子(たに りょうこ、旧姓:田村、1975年9月6日 - )は、福岡県福岡市出身の、日本人の女子柔道家(四段)である。血液型はB型。階級は48キロ級。福岡工業大学附属城東高等学校、帝京大学文学部卒業、日本体育大学大学院在学。トヨタ自動車所属。日本オリンピック委員会・選手強化キャンペーン・シンボルアスリート制度を適用。

キレのある立ち技を特徴とし、その実力から浦沢直樹の漫画『YAWARA!』の主人公の名前を取って柔(ヤワラ)ちゃんの愛称で広く知られる。混同されやすいが、『YAWARA!』の主人公のモデルとなったのは山口香であり、谷は作品そのものには一切関係がない。

世界選手権6連覇、全日本体重別11連覇、福岡国際11連覇、五輪では2度の金メダルと2度の銀メダルと圧倒的な戦績を誇り、女子柔道、柔道の普及に大きな貢献をした。今も現役で北京五輪を目指している。

■経歴
小学校1年生から兄の影響で柔道を始める。小学校2年生のとき男の子を投げ飛ばして、けがを負わせたことがある。

中学生の時の福岡国際女子柔道選手権(福岡国際)を15歳で優勝したのを皮切りに、全日本女子選抜体重別選手権(全日本)でも優勝し、五輪出場の権利を得た。1992年、16歳でバルセロナオリンピックに出場、順調に決勝まで勝ち上がったが、僅差で敗れた。銀メダルを取ったものの、笑顔は全く無かった。その後1993年の世界柔道選手権で優勝、1995年の世界柔道選手権でも優勝し、世界王者の地位を不動のものにした。

1996年のアトランタオリンピックに出場。今度こそ金メダル確実と期待されたが、またしても決勝戦で北朝鮮のケー・スンヒに僅差で敗れ、2大会連続銀メダルに終わった。

1997年、1999年の世界柔道選手権でも連覇した。2000年、シドニーオリンピックでは、大会前に「最高でも金(メダル)、最低でも金(メダル)」という言葉と共に臨んだが、鬼門となっていた決勝戦にて今度は内股で一本勝ちし、自身初の五輪金メダルを獲得し嬉し涙を流した。

2001年、2003年には世界柔道選手権を連覇。これで世界選手権6連覇(12年負けなし)という前人未到の記録を打ち立てた。

2003年12月1日に、プロ野球選手の谷佳知と入籍。

新たに「谷亮子」として臨んだアテネオリンピックでは、夫でありまた同じくアテネオリンピック日本代表選手である谷佳知をはじめ多くの人々による応援の中、足を事前に痛めるトラブルもあって、万全ではなかったが格違いの強さを見せ、一本勝ちで決勝まで勝ち上がり、決勝も大内刈りで技ありを取るなどし優勝。女子48キロ級決勝でフランスのフレデリク・ジョシネを破り五輪2大会連続の金メダルを獲得した。試合後のインタビューでは「シドニーの時よりも何倍も嬉しいです」と嬉し涙を流した。

2005年にカイロで行われた世界選手権で7連覇の期待がかかっていたが妊娠のために欠場し、12月に出産した。

2007年の全日本女子柔道選抜体重別選手権大会で現役復帰、同年のリオデジャネイロ世界選手権の代表に内定しており、7回連続優勝も期待される。また、2008年の北京オリンピックへの出場の意欲を見せている。フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より抜粋

北京でも金メダルをとって是非三連覇に偉業を打ち立てて欲しいものです。
みなさんも彼女を応援しましょう!

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